思考はやがて・・・

大学の心理の先生から頂いた私のミニットペーパーへの返答。
読んですっかり撃沈してしまった、ここ数日。

優しい文章ではあったけれど、私自身も気づいていなかった私の中のエゴイスティックな部分を指摘して下さっていて、ぐぅの音も出ませんでした・・・いつのまにか、分かったつもりになっていた浅はかな自分に対面させられて、恥ずかしいやら悔しいやら切ないやら、何とも言えない気持ちになりました。

私の思考が、心理士としての言葉や行動になる前でよかった。誰かを傷つける前で本当によかったなぁと心底思いました。

自分の思いや考えを口にすることを恐れてはいけないとも感じました。インプットだけでなくアウトプットすることで、より良い学びが生まれ、自分を成長させることができると思うから。心理の講義を受けてミニットペーパーという媒体を通して自分の考えをアウトプットしたおかげで、教授から指摘を受けることができ、私は新たなインプットができました。講義を受けるだけのインプットより、2度目のインプットの方が私に必要なものでした。本当に有難いことだなと思います。

思考は見えないけれど、やがて言葉になり、行動になり、人生になっていく。

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# by yoganahibi-miyagi | 2017-06-23 20:00 | エッセイのようなもの | Comments(0)

Art of living

 うちの冷蔵庫には、一枚のメモが貼ってあります。メモには、あるインドのお坊さんのお話を聞いて、そのとき感じたことが書いてあります。ずいぶん前から貼ってあるので、とりたてて意識することもなくなりましたが、たまにふと目に留まります。そんなときは声に出して読むようにしています。


Make are happy

人生は経験の連続

失ってなどいない

経験という宝物を得ている


Art of living

思考は

思考は芸術

どんな音が自分の中を流れている?


Enjoy

自分の人生を大変なものだと思わないで


Simple

私をシンプルに


Be good! Do good!

何を見るか

何を聞くか

何を考えるか

心に何をファイリングするか


すべて自分の選択

実践するのみ!



 今朝ひさびさにメモが目に留まりました。ブツブツと読み上げました。

 言葉を選ぶ、行動を選ぶ、思考を選ぶ、生き方を選ぶ。すべて自分の選択。キャンバスに何色を塗っていくか絵具を選ぶのと同じこと。私は、上手でなくても自分が納得する絵を描きたい。


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これは洗濯(笑)

私は、面白い絵を描きたい。美しい絵を描きたい。


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# by yoganahibi-miyagi | 2017-06-16 20:00 | エッセイのようなもの | Comments(0)

私のものさし

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ご高齢の男性が、活発なお連れ合いの方に引きずられるようにヨガの体験にいらっしゃいました。分かりやすく不機嫌で、ちょっとヨガの聖典の話をしようものなら眉間に縦シワが・・・。終盤はリラックスしたのか、うつらうつらしていらっしゃいました。体は正直です。

90分のヨガが終わり、一緒にお茶を飲んでいるときに男性から質問されました。「先生は若いけど、インドに行ったことはあるのかい?」って。『ない』の答え待ちのような表情をしていらっしゃいましが、何度かインドに行ったことはあるので、ありますよと答えました。すると、一気に表情が変わり、「じゃあ、先生はホンモノだ!」「気持ちが良かったから、また参加するよ」と言って、帰って行かれました。

・・・う~ん 何だか、ものすごく腑に落ちない。インドに行ったことがあるからホンモノ?じゃあ、インドに行ったことがなかったらニセモノ? なんじゃそりゃ。

ひとりでインドに行き、ヨガ修行以外ほとんど何もせず、アシュラムとゲストハウスだけを行き来するような時間を過ごしたことがあります。師についてヒマラヤにヨガ修行に行ったこともあります。心友のヨガの先生とインドに行ったときはヨガの勉強半分ショッピング半分で、夫とインドに行ったときはアシュラムに行くこともなく仏跡巡りだけをしました。

1度インドに旅行に行って、高級ホテルで1回だけヨガを体験しただけなのに、「俺、インドでヨガの勉強してきた」と、至る所でしゃべり散している人を私は知っています。彼は嘘はついてませんから『インドに行ったことがあれば、ホンモノ』ルールに法れば、ホンモノということになります。

私には、私のものさしがあります。私のホンモノとニセモノを見分けるものさしは、『静か』です。ホンモノは騒ぎ立てたり、見せびらかしたりしない、そんな必要がないからです。

私自身は、ニセモノと言われようが、ホンモノと言われようが、すべきことを粛々とやるのみ。なので、人生の先輩の『インドに行ったことがあれば、ホンモノ』ものさしにケチつけるつもりは毛頭ありません。いいのです、それはそれで。

ヨガ発祥の地インド。行く機会があれば行くといいと思います。その土地に立ってみないと味わえないものが確かにあるから。でもインドに行ったからってホンモノになれるわけではないし、インドに行ってないからニセモノでもないと思う。インドに行った?だから何?そんなもん、なーーんの自慢にもなりゃしませんよ。

的を射ていない評価に傷ついたり、的を射ていない褒め言葉に浮かれたり。そんなことに時間を費やしたくはない。自分の目指すべきホンモノに向って どんどん進みたい。

他人からの評価なんて、ほとんどが無責任なもの。覚悟して伝えてくれる人の言葉だけを受け止めればいい。


軽やかに確実に自分の道を行こう。気にせず行こう!



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# by yoganahibi-miyagi | 2017-06-09 20:00 | エッセイのようなもの | Comments(0)

私をアップグレードする

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 この春から大学で心理療法について学んでいます。心理学はもちろんのこと、死生学や宗教学など 私にとって興味の尽きない講義が目白押しです。

ある教授が心理学の講義の中で、「『同じ』を強調することは、共感しているようで 実はとても不寛容だ。」とおっしゃっていました。思わず「なるほど!」と声が出ました。

特殊な経験を持つ心理療法士が、自分と同じ経験で苦しんでいる人に対して『同じ』を強調していることって結構あるのではないかと常々感じていました。心理療法士が同じ経験をしていることは、初期段階ではクライアントに安心感を与えるかもしれないけれど、そこに留まり続けると不寛容な関係を心理療法士自身が作ってしまうことになるのではないかと考えていたからです。恥ずかしながら、私にも「不寛容」の心当たりがあるのです。

経験をどう受け止めるかは、一人ひとり違うし、ダメージも立ち直り方も違います。自分の経験から導き出した先入観は、クライアントのありのままを見えにくくしてしまう・・・これは心理療法としては致命的なこと。「私の経験は、私の経験でしかない」と自分にしっかり言い聞かせておくことは、心理療法士としての嗜みなのかもしれません。

 心理療法ってムズカシイ。だからこそ、学びたい。知識を増やすことと、削ぎ落とすことを同時にやっていきたい。私は学び続けます。b0296321_07413780.gif





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# by yoganahibi-miyagi | 2017-06-02 20:00 | エッセイのようなもの | Comments(0)

ヨガ研修報告(カジャラ#2)

ヒマラヤ修行並みに凄い舞台を観に行くと以前ブログに書きました。

観劇してきました。ほっぺが痛くなるくらい笑いました。笑い過ぎて、NK細胞が活性化し、免疫力がアップし、演者さんたちが素敵過ぎて、女性ホルモンが出まくりました。あの日、東京から仙台までの道中ずっとニヤニヤしていました。

私的には、ヨガ研修という位置づけで舞台を観にいったのですが、報告書に「おもしろかった~ 楽しかった~ 最高だった~ カジャラ~」としか書けずにいました。(自分宛ての心の中の報告書のこと) 

笑い転げながらも、あの舞台に普遍的な何を感じたのですが、それを言葉で表現できない・・・う~ん

たまたま、2005年にRAHMENS POSTER EXHIBITIONに寄せた小林賢太郎さんの言葉をネットで見かけました。その言葉を読み進めるうち キャッキャと浮足立っていた私の中が、シーンと静まり返りました。答えを提示された気分でした。憧れだったヒマラヤの地に実際立ってみて感じたことと、あの舞台にある背景とがピタッと重なりました。ヒマラヤにもコントステージにも「真摯」がありました。今回のヨガ研修で私が学んだのは、まさに「真摯に生きること」でした。先日ブログに「言葉を受け取る側は、言った人の意味で受け取るわけではない」と書きました。賢太郎さんが言わんとすることと、私が感じたことは、きっと違っていると思います。私は、彼の言葉の中から 私なりの答えを導き出しました。それが「真摯に生きること」でした。

作品は作品の集合体である これは 価値は価値の集合体である とも言える 「旨い」は「旨そう」に支えられている 「旨そう」で「まずい」では意味がない 「まずそう」で「旨い」もしかり つまり目に見える部分は 目に見えない部分の為に 目に見えない部分は 目に見える部分の為に これが価値の集合体である ということ 継続という実力は 束ねられた折り紙の側面のように 意図せず美しい表情をつくる 縁の力か、俺の力か、いやいやコントの魔法だな NO CONT,NO LIFE.人生の全てをコントに捧げようと決めたとき 既に good design company は隣にいました 彼らが僕の作品に重要な価値を担っていることは言うまでもありません

2時間の舞台のために、どれだけのものを積み上げてきたのでしょう。カジャラ観劇は、私にとって本当に善いヨガ研修になりました。私は私という集合体。人に見えようが見えまいが、私はいつだって私を見ているのだから。前を見据えて真摯に生きていこう。これまでも、これからも。


また、劇場にヨガ研修に行こっと()


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↑ 手書きして、鏡台の前に張りました。毎朝眺めています。


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# by yoganahibi-miyagi | 2017-05-26 20:00 | エッセイのようなもの | Comments(0)